80年代の流行店

80年代に流行った健康ランド、今は無き尼崎アーバンリゾートクラブ 震災時を助けたが

投稿日:2018年9月17日 更新日:


80年代にバブル景気に盛り上がった日本がバブル崩壊にようやく気づき始めた頃

1995年1月にあの阪神・淡路大震災が神戸を襲った

80年代から車の免許を取り憧れてよく行った

神戸の街の崩壊がテレビに写し出されたがそれが信じられなくて

交通網の遮断された国道2号線を大阪から自転車で見に行った

その時に往路で尼崎付近で見た国道2号線沿いに立つアーバンリゾートクラブ

温泉があり80年代に続々と出来た健康ランドで

60年代に流行ったもはや古くなりつあったヘルスセンターに成り代わった物で

遊園地や劇場プール、ボーリング場など何でもありだったヘルスセンターの

無駄な部分を排除し温泉を中心とした健康中心の施設だ

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この付近は地震の影響は無かったので車で来る事が出来たので

(武庫川を超えると地震で悲惨な状態だった)

1度両親を連れて行ってみたら、タオルも、バスタオルも休憩時の服も貸してくれ

手ぶらで行け、様々な種類の温泉に何度も入れ、寝ながら見れる映画室など

1日ゆったりと過ごせる施設だったので

自分の健康ランド巡りのマイブームのきっかけともなった

震災の被害も無かったのでガス、電気、水道のライフラインがストップし

お風呂に入れなかった近隣の被災者はとてもありがたかったみたいだ

国道2号線沿いに大きな建物が建つが前は大きな駐車場があるので

国道からは遠くに見える

当初は名前と外観からして会員制かなと思ったが誰でも入れる

当時の健康ランドとしては変わった外観だった

当時は温泉と言えば田舎の広い土地で都会から遠かったが

ここは確かに都会の中の天然温泉で手軽で行きやすかった

料金は1日2000円と温泉に入るのに今では高く感じるが

まだスーパー銭湯もない時代で銭湯と言えば町の時代遅れの

古い狭い銭湯しかなかったのでこの値段も少し優雅に感じた

1日ゆっくりできて2000円は安いとも感じたし

近くの尼崎駅前にあまゆハウスという健康ランドもあったが

当初はあそこは温泉で無かったので

うちはあそことは違って本物の天然温泉だと温泉を強調し

ライバル視していた、その後あまゆハウスも温泉が出たが

温泉の種類や施設はこちらの方が良かった

1370メートルの地下深くから湧き出た天然温泉で

温泉で無かった頃のあまゆハウスと入り比べたが確かに後の温もりは全然違った

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ナトリウム塩化物高温泉で54.3° 毎分500リットル、1日当たり720トン

ここが良かったのは温泉の種類が多かった事(当時としては)

ラドン温泉、トロン温泉、バイブラバス、ジャグジーバス、バイブラバス

ミストバス、打たせ湯、白湯など13種類のおふろ

露天風呂は有馬の湯のような錦泉だった

当初は歯ブラシ、ヒゲソリは浴場にたくさん置いてあって取り放題だったが

余分に持って帰る人が多かったのか途中から受付で1人1個になった

レストランも広く美味しく、先ずは昼前に来てひと風呂浴びて

昼食で一杯やりまた風呂に入って寝転びながら映画を見ながら寝て

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寒くなったらまた風呂と1日ゆったり過ごした、

1998年には元巨人の杉内俊哉選手が夏の甲子園に出場した

鹿児島実業時の休憩?に来てたのか歓迎のボードがあった

気にいって当初は回数券も買って毎週来てたりもしたが

よりいい大きな施設の岸和田市の泉州リバティの方が気に入り

バブル時代に開業した巨大健康ランド、スパリゾートリバティ岸和田が閉館 24年の歴史に幕

自分も段々遠ざかっていたが

2000年のゴールデンウィークの真っ最中に久々行くと

5月半ばで閉店すると受付に書かれていた

それも1ヶ月前の突然の告知だった、

回数券の払い戻しも大慌てでやっていた

確かにこれ以降の数年後はより安いスーパー銭湯に客を取られれ

健康ランドが次々と廃業していくのだがまだまだ流行っていた頃だったのに

先を見越してのことだったのか突然の廃業だった

当サイト内の文章・画像等の内容の無断転載の行為は固くお断りします

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-80年代の流行店

執筆者:


  1. 雲のジュウザ より:

    「アーバンリゾート」は石亭開発(株)のグループで、私も同グループの社員だったので、よく遊びに行ってました。
    懐かしいな。

    • バブルは良かった より:

      自分の健康ランド巡りの始まりがここに行った事でした
      突然の閉店はなぜだったんでしょう

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