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バブル時代の回顧

1980年代から1990年代のバブル時代の事を書いて行きます

80年代バブル時代にあった江坂カーニバルプラザの跡地は今

      2018/06/19


80年代バブル時代に大盛況でいつも人と車で一杯で

外人の長身のピエロや楽器演奏隊で賑やかだった

1983年に大阪府吹田市に出来たレストラン江坂カーニバルプラザ

80年代当時は無かった外国のレストランのような雰囲気で

日本一大きいレストランとしてたくさんの人が押し寄せていた

80年代、バブル時代にあった江坂カーニバルプラザ 

しかし1990年代後半頃から

いつも誕生日にハッピバースデーを演奏してくれてたピエロの外人や

楽器演奏隊もいなくなり
誕生日の演奏の企画は残っていたものの

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店員のコーラス隊のみとなり(経費節減か?)


近鉄ハーツというショッピングセンター内に後で出来た

カーニバルプラザ東大阪店が閉鎖、解体取り壊され無くなり、

梅田や他の店舗もだんだん無くなり

2008年9月末でついにメインの江坂店も施設老朽化を理由に取り壊された
自分も最後に行ったのが1999年頃で

ここ十年くらい遠ざかっていたので取り壊されてからこのことを知った

そして2011年12月に訪れてみた

取り壊されているのでもう探すしかないが当時のあった建物の場所は

この迷路のような円形のオブジェの前にあったはず

全て取り壊され何もない芝生のみに変わっていた、夢の跡のように・・・

あの人と車、音楽で騒がしかった空間はもう無い

全盛期の週末には順番が来るまで2~3時間待ちという事もあったが

全然苦にならずHiな気分でいられた空間だった、

店内や外をぶらついっても飽きなかったし・・時代のせいか・・

あの時たくさんの人々が押し寄せイルミネーションキラキラで連日賑わった

あの江坂カーニバルプラザはもう無い

本当に同じ場所なのかあれは夢だったのか

 

当時は無料で自由に出入り出来た広大な駐車場も今は有料になってた

あの頃は無料駐車場だったので通りかかった時は必ず寄って

ブリオーシュ?ってパンを中の売店でよく買って帰った

500円?だったかな、高かったがレンジで温めて食べると美味しかった

ここのメイン看板は故岡本太郎氏のデザインだ

現在はそれだけ吹田市が引取り豊津町の豊津公園に展示されてる

江坂駅の東急ハンズのすぐ近くなので見に行ってみた

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これだ

なんか立てかけてあるだけに見える

説明看板には岡本太郎デザインの愛称「リオちゃん」とあるが

江坂カーニバルプラザの事は全然書かれていないのが残念

〒564-0051 大阪府 吹田市豊津町7
時間: 24 時間営業
電話: 06-6834-5366

併設されていた野球場、江坂ベースボールセンターも

バッティングセンターは残されているが

これも取り壊されて結婚式場に変わっている

以前はよく関西テレビの番組で使われ、紳助の人間マンダラという番組で

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掛布監督のマンダラ野球チームのロケでも使われたが

この周辺は80年代、バブル時代を象徴するものだったな

現在のパンフレットには

もうカーニバルプラザはもう載っていない

敷地内に航空写真があるが平成20年頃

出来れば大阪府のさやま遊園にある物のように

カーニバルプラザがあるときの写真にして欲しかった

今でも蟹料理を見ると思い出すな

行った事は無いけど当時から敷地内の端の方にエスカミューズという

中華料理の店があった、ここは建物はまだそのまま残っている

名前は変わっているが今でも中華料理の店 中華料理 翠園として営業している

この煉瓦作りがかつての江坂カーニバルプラザを思い出させてくれる

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