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80年代に江坂に出現した江坂カーニバルプラザのオープン裏話 1993年

   


1983年に大阪府吹田市江坂に出現し、

またたくまに人気店となり

それまで田んぼの田舎街だった吹田市江坂を盛り上げ

80年代からバブル時代に江坂の名物スポットとなった

東急ハンズと江坂カーニバルプラザ

80年代、バブル時代の流行店だった江坂カーニバルプラザ 大阪府吹田市

オープンから10年目の1993年に

設立準備担当者がこれまでの10年を語っていた

1983年12月に煉瓦作りの紡績工場跡地で

日本一大きなレストランとしてオープンした江坂カーニバルプラザ、

当時の担当本部長だったTさん(株式会社ダスキンフード直営グループ)

は当時を語る

当時、会社は40歳になったら

自分のやりたい事業をしてもいいという内規があって

その代わり3年間で形にしなければならず、

何をやりたいか考えるためにどこへ行っても何をやってもいいという

とても羨ましい環境の中

2ヶ月半アメリカからヨーロッパを見て歩き、

その結果、3つの事業を提案出して

その中で1番やりたいものを聞かれたので

「蟹」をやりたいと答えたので

江坂カーニバルプラザのプロジェクトを組ましてもらった

プロジェクトを組んだのが1981年の11月だったので

まだ後に江坂のもうひとつの名物となった東急ハンズの出店も知らなかったが

出店地のアメニティ江坂さん(旭川紡績→(株)サンリバー)

とは一部倉庫をお借りしたりしていて

当時はゴルフ場とテニスコートだけしかなかったが

その6面しかなかったテニスコートを20面にする計画を聞いたり、

大きな駐車場があったし、

淀川から北の商圏は

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200万人から220万人の人口だったのでやって行けるのではないか、

そして何よりもダスキンの創業の地であるので

是非ここで商売をやらせて頂きたいと申し入れたという

しかし出店地の紡績工場は

大正7年創業の75年前の煉瓦作りの建物だったので

消防法など色々あって許可がなかなか下りず

場所をお借り入れする申し入れをするのに2年かかったので

オープンが1983年12月とずれ込んだ

オープン後は蟹とバーベキューの半々になったのは

スペースが大き過ぎて蟹料理だけではお客様が一杯になるとは思えなかったので

そうなったようだがオープンして蟹だけでも充分だったので驚いたという

そして段々人気が出て1時間、2時間とお客様を待たせるようになってきて

当初は750席からスタートしたがそれが1000席になり

3時間以上もお客様を待たせるという思いもしなかった状態になってきて

一生懸命、どうすれば楽しく待って頂けるか考え続けた

まずは芝生の緑の中へ自由に裸足で土の感触を楽しんでもらい

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フリーマーケットや出店、

夜のイルミネーションや

スーベニアショップや似顔絵コーナー、占いコーナーなどを設け

いかに退屈しないで待って頂けるかを考えてその結果

当時、初めてエンターテイメントの要素が入ったレストランの誕生となった

自分も当時何時間も待たされたが退屈すること無く楽しく待って入られた

そして1983年10月1日に先にオープンした東急ハンズと共に

80年代からバブル時代の江坂を盛り上げた

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 - 80年代の流行店